「赤い靴はいてた女の子」の話 of 横浜「山下公園」物語



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横濱物語

「赤い靴はいてた女の子」の話

山下公園は、関東大震災後に壊滅した街の瓦礫を埋め立ててつくられた公園です。
この公園の一角に「赤い靴はいてた女の子」の像があります。

「赤い靴」少女像

野口雨情が作詞した童謡「赤い靴 はいてた 女の子 異人さんに つれられて 行っちゃった」と歌われた少女が、実在の人物だということをご存知でしょうか?

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少女は、清水市出身の岩崎きみちゃんと言います。
その昔、母に連れられて北海道へ開拓入植しましたが、やがて生活苦のために、3歳の時、帰国する予定であった米国人牧師の養女に貰われました。

でもその後、結核にかかり渡米できず、麻布十番にあった鳥居坂教会の孤児院に引き取られましたが、明治44年、9歳で亡くなりました。

母親のかよさんは、娘の死を知らず、昭和23年「きみちゃん、ごめんね」の言葉を残して64歳で他界したそうです。

時の忘れもの

山下公園に沿う山下公園通りは、初夏の新緑の季節、そして銀杏の葉が舞う紅葉の頃がことのほか美しい。
そして、そんな頃は幸せそうな家族連れで公園はいっぱいになります。

秋も深まった休日の午後、一人で古いホテルの喫茶室に入りました。
窓辺でコーヒーを飲みながら、時が経つのも忘れて銀杏並木と山下公園、そしてその向こうに見える港をぼんやり眺めていました。
やがて、ふと思い出したようにホテルを出て少女像まで行くと、彼女は、今日も静かに横浜の港を見守っていました。

「赤い靴」の像は、山下公園のほか、出身地の清水市、入植した北海道留寿都(るすつ)村、亡くなった港区麻生十番にもあるそうです。