山手の春 of 横浜「山下公園」物語

横濱物語

山手の春

山手の桜が満開になる頃、このあたりは入学したばかりの初々しい女子高生達でいっぱいになります。山手には女子高が何校もあり、すぐ下にあるJR石川町駅にも、四月の入学シーズンにはいくつもの学校名が入った新入生歓迎の横断幕が張られます。

思い出のひと

その人は職場の先輩で、仕事ができることもあり同じセクションで働く私たち、というか私には厳しい先輩でした。そんな彼女に対して、私は反発しながらも心の中では尊敬の念を抱いていました。

その当時、私たちが所属していた部署は帰宅もたいていが終電という非常に忙しい部署で、彼女とのアフターファイブでの付き合いはほとんどありませんでした。
それでも、送別会とか歓迎会など年に数回ある部署全体の飲み会の際には、普段しないプライベートな話ができて、私にとってはそう言う機会が楽しみでした。いつかは帰りに、酔った勢いで当時流行っていたディスコにいっしょに飛び込んだこともあります。ダンスフロアで、彼女が見せてくれた笑顔は今も鮮明に思い出すことができます。

そんな彼女の涙を初めて見たのは、彼女のお父さんが亡くなった時でした。横浜の教会での葬儀の際、普段は気丈な彼女がハンカチを口にあてたまま涙を流している姿を気の毒に思いながらも、その隣に立つ初めて見るご主人を複雑な気持ちで盗み目していたものでした。

その後、人事異動でお互い離れ離れになり、会う機会もほとんど無くなり、やがて彼女は地方へ幹部職員として転勤することになりました。

彼女の訃報が届いたのはそれから3年後のことでした。報を目にした時は、にわかには信じられず報に書かれた彼女の名前に釘付けになってしまい、通常であれば一緒に書かれるはずの通夜や告別式の案内の記載が無いことに、しばらくは気づきませんでした。死亡の原因やその時の状況については、心当たりをあたってはみたんですが、遠い地方で亡くなったということや関係者が口を閉ざしていたこともあって、今もわからないままです。

彼女は、高校時代、この山手にある某ミッション系の女子高に通っていていました。
彼女が亡くなって6年が経とうとしている今も、桜の季節、制服を着た彼女の後輩達を目にするたびに思わず足が止まってしまいます。

山手の桜は、毎年4月には春満開の様相を見せてくれますが、今年、彼女が亡くなった歳になった私には、心の中に切なさを伴った複雑な思いを呼び起こす桜でした。

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